明治37年(1904)に旧高梁尋常(じんじょう)高等小学校として建築されました。その後も現・高梁小学校が新設となる昭和47年(1972)までは,旧・高梁北小学校の本館でした。現在は,明治期の代表的な建築物として市の重要文化財に指定され、高梁郷土資料館となっています。館内には,江戸時代から昭和初期にかけての生活用具など3000点が展示・公開されています。中に入ると,昔なつかしい木造校舎の匂いがしました。
備中松山城主・板倉氏の菩提寺です。板倉氏については,「八重がき神社のページ」も参照ください。京都所司代となった初代・板倉勝重から,幕府最後の老中・板倉勝静までの位牌が祀られています。左の案内板を見ると,幕末に朝敵となった備中松山藩と朝廷側の岡山藩との交渉がこの寺で行われたとあります。